× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
いつもとジャンル全然違いますけど今日ばかりは。
今日一日報道が凄いですね、小泉首相の靖国参拝。 色々番組を見てました。こういうのって授業ではあまり詳しく習えませんし、いい機会なので。 賛否両論なこの話題。 今日一日テレビを見たり母と話し合って思った事を、ここに書きとめておこうと思います。 …長いです; 首相の靖国神社参拝について。 私は基本的に賛成です。首相も一人の人間。戦没者を追悼する事に何の問題も無いはず。 こう言うと、必ず出てくるのが『政教分離』と『A級戦犯』の問題ですよね。 ――政教分離に関して。 この話題で問題になるのは『公的』か『私的』という事ですが。無駄な論議ではないでしょうか。 首相は私的参拝だと仰います。しかしそう見えないのは何故でしょう。 いかにも公式参拝の様になってしまったのは、この問題に関して集まる国民の影響が大きいのではないでしょうか。 首相がテレビに映った時、必ずといっていいほど大勢の国民の姿があります。 日章旗降っている方も居ましたね。 …それが問題なのではありませんか? そんなに大勢の方が居て、警備も入れずに混乱を避けられますか? 食いつくように追いかけるマスコミが居て、気軽にレンタカーで行けると思いますか? 営業妨害をしてしまうほど店の近くに陣取ったりしないと言えますか? 私の考えではNoです。 そんなに出来た人間ばかりでは無いし、何の取り決めも無しにそうであるはずも無いと思います。 私は、公的参拝のような形にしてしまったのは国民だと思います。 しかしそうならざるをえないと思います。 安全上の理由も首相という立場では、一般の参拝者よりも問題になりますし。 だとすると、公的参拝か私的参拝かなど量れません。無意味だと思います。 では政教分離というのはどういう問題なのか。 政治と宗教を分離する、というのはどういう事なのか。 私の中で明確な答えは出ていませんが、首相の靖国参拝=政治というワケではないと思います。 何故なら。 小泉首相が靖国神社に参拝したとして、国民に対する政治的な影響力は殆ど無い様に思うからです。 むしろ外交にしか影響は無いような気がするのですが…? 国際的な会談の再開条件に使う事の方が、政教分離に反している気がします。 …相手国に政教分離があるかは分かりませんが。 政教分離か否かよりも、どう外国の理解を得るかが重要ではないでしょうか。 ――A級戦犯問題について。 外国の理解を得ようと思うと、これが問題ですよね。 諸外国、とくに中国と韓国の抗議が激しいですが、大きな要因としてよくA級戦犯の問題が挙げられます。 戦争の指導者が国際平和に対する罪で罰されたのだそうです。 「その方々が居るから参拝はいけない。」 そう言われますが。 私からすれば、そういう方々の御霊がある所に参拝する事はマイナスな意味では無いと思うのです。 むしろ戦争を忘れないための、楔の様な役割を果たせる唯一の神社だと思うのです。 軍国主義を正統・美化するものだと言われてもいますが、そう思う日本人が果たして居るのでしょうか。 日本軍は戦争で多くの人を殺しました。 中国、韓国は勿論、アジアの国々で交戦し、多くの被害者を出しました。 しかしその反面、追い詰められた状況下で多くの兵士が死にました。 本土の空襲、沖縄の上陸戦、2つの原子爆弾で多くの民間人も死んで行きました。 無謀な戦争を続けた事に対する遺族の戦犯に対する怒り、原爆被害者・遺族の悲しみや恐怖は未だに消えていません。 日本は加害国であり、被害国でもあるのです。 簡単に軍国主義を正当化出来る様な、簡単な国ではないのです。 戦争で家族を奪われた方々には嫌な思いもあるでしょう。 しかし戦争というモノは、たった十数人の責任で行えるものでしょうか? 一度走り出せば、意見が変わる方も居るでしょう。 兵士の方々はそんな場合も多いと思います。 しかし始まる前、戦争をする事を決定され、国民が従ったのも事実ではないでしょうか。 事実として起こってしまったものは仕方がありません。 しかし「自分達、死んでいった肉親は悪くない」とだけ言うのでは、大人気ないと私は思います。 恐らくこれは戦争を知らない世代だから言える事です。 しかし、だからこそ言える事だと思います。 戦犯だけを分祀して、どうなると言うのでしょう。結局戦犯はどうするのでしょう。 分けて祀って…それではその場しのぎにしか思えません。 土に還れば皆同じ、というのでは駄目なのですか? もしくは戦争を再び起こさないための楔、という風にはできないのでしょうか。 私としては、戦争に関わった全ての方々に、靖国神社を通して平和への決意を新たにするのが一番だと思うのです。 …長いよ、と。(苦笑) 賛否両論のある靖国神社参拝問題ですが、こういう問題はいつか解決しなければならない物だと思います。 結局の所、今まで『臭い物に蓋』をしてきたツケが回ってきたのではないでしょうか。 私は中国や韓国との仲が後退したとは思っていません。むしろ進んだのではないでしょうか。 今まで触れさえしなかった事に向き合う。 それって、必ずしも悪いとは言えないのではないでしょうか。 これで国交が決裂してしまえば確かに後退です。 しかしこの事によって関心が高まり、理解し合えれば進んだという事になりはしないでしょうか。 理解に進むほうが遥かに難しいとは思いますが… この問題を理解するにあたって、お互いに歩み寄る姿勢が日本にも中国にも韓国にも、被害を受けた多くの国にも現れれば、国際平和に繋がるのではないでしょうか。 自分の主張だけでなく、相手の行動に伴う考えを自分なりに考えてみる事。 それが今の国際社会に必要な事だと思います。 …理想論ですか? 理想は語らなきゃ実現なんかしませんよ☆ PR |
Comment
カテゴリー
カレンダー
アーカイブ
P R